1
ある日、森の葉っぱの上で、水滴(すいてき)のあぶくちゃんが、目を覚ましました。
すると周りの何もかもが、スッキリぴかぴか輝いていました。
あぶくちゃんは嬉しくて、みんなにごあいさつしました。
「お日様、おはよう!
鳥さん、おはよう!
お花さん、おはよう!
葉っぱさん、おはよう!
風さん、おはよう!」
みんなが大合唱で答えます。
「あぶくちゃーん、おはよう!!!」
風さんがドーッと吹いてきて「やあやあ、おはよう!いい気分だねえ!」と言いました。
葉っぱたちはサワサワ震えながら、口々に「風さん、おはよう。ほんとうにいい気分だね」と言いました。
ところが、葉っぱが揺れすぎて、あぶくちゃんは吹き飛ばされてしまいました。
「うわ〜っ! 落ちるぅ〜! わたし、どうなるの〜」
みるみるうちに、地面が近づいてきます。
ぴちゃん!
2
地面はふかふかのじゅうたんでした。
あぶくちゃんは土に染み込むと、砂と砂、石と石、岩と岩の間を滑り下りていきました。
地面の下は真っ暗です。
あぶくちゃんは不安になってきました。
「暗いよ。怖いよ。さびしいよ」
ところが、しだいに、無数のいきものたちや、微生物たちが動いている気配がしてきました。
「あ、にぎやかだね。けっこう、あったかいんだね」
とつぜん、広い空洞に出ました。コケや、透明な石がぼんやり輝いています。
ぴちょん、ぴちょん、ぴちょん・・・。
あちこちから音が響きます。
「あ、あぶくちゃんだ!」と仲間のしずくたちが叫びました。
「みんな!ここにいたのね」と、あぶくちゃんはウキウキしました。
「ぼくら、地下水脈を流れていくところだよ!あぶくちゃんもいっしょに行こう!」
あぶくちゃんは「え、ちょっと・・・こわーい!」と思いましたが、みんなが手をつないでくれました。
「よし、いくよお!」
シュルシュル、シュルシュル、シュルシュルシュル!
地下のトンネルを勢いよく流れて行きます。どんどんどんどん流れます。
3
突然まぶしい光に包まれて、目がチカチカしました。地上に飛び出たのです。
「やった!お日様だあっ」
「15年ぶりの太陽さんだ」
うれしくて、みんなは飛び跳ねたり、踊ったり、渦を巻いたりしながら、歌いました。
「しずくツブツブ
しぶきシュワシュワ
あぶくブクブク
気持ちいいな・楽しいな!」
あぶくちゃんの近くで、銀色の何かがギラリとひらめきました。
若いアユのおなかが、お日様の光を反射したのです。
あぶくちゃんはウキウキして、すばしこいアユと追いかけっこしたり、丸石の滑り台を滑ったり、ごうごう轟く滝に飛び込んだりしながら進みました。
川がなだらかにカーブして、岸辺から大きな茶色い鼻がヌッと現れました。
「あ、わんこだぁ! 飲まれちゃう~!」
4
がぶがぶ、ゴックン!
あぶくちゃんは、わんこに飲まれて、わんこの体をグルグル巡りました。
「わたし、あぶくちゃん・わんこになっちゃった!」
春の日差しが、背中をぽかぽか温めてくれます。
野良犬のあぶくちゃん・わんこは、うれしくて、ちゃかちゃか走りました。
眠くなったら、星空の下で丸くなって眠り、おなかがすいたら、カエルやトカゲをつかまえて食べました。
「あ、おしっこしたい」
じゃあじゃあ、ぴっぴっ!
あぶくちゃんは、黄色っぽいしずくになって、畑の土にばらまかれました。
「わたし、おしっこになっちゃった。わんこちゃん、ばいば~い」
5
あぶくちゃんは、畑のトマトの根っこから吸い込まれて、くきのストローの中を上っていきました。
そして、トマトの若葉に染みわたって
ピン! と茂らせて、
白い花を咲かせて、
おしべとめしべを震わせたりしました。
やがて、小さなトマトが実りました。
「わたし、トマトになっちゃった」
トマトの上を、お日様が毎日、通り過ぎていきます。
夜になると、月や星が、空いっぱいに巡るのでした。
あぶくちゃん・トマトは、ゆっくりゆっくり、大きくなっていきました。
雨や風が強い日は、枝から離れないように、ギュッと枝につかまります。
「まあ、真っ赤だわ。おいしそうねえ」
女の人が目を細めて、産毛の生えたトマトをなでます。
「ウフフ、くすぐった~い」
6
あぶくちゃん・トマトは枝からもがれて、包丁でくし形に切られて、お皿の上にきれいに盛り付けられました。
「あっ、わたし、トマトサラダになっちゃった!」
女の人が、あぶくちゃん・トマトサラダをおいしそうに食べます。
ぷちっ、ジュワッ、もぐもぐゴックン。
「ああ、とっても甘い。元気が出るわ」
あぶくちゃんは、女の人の体をぐるぐる巡りました。
女の人は、わんこやトマトと比べると、もっとたくさん考えたり、感じたり、しゃべったりしました。
「今日の晩御飯、なんにしようかしら」
「トマトサラダ、お味噌汁、ごはん。納豆あったわよね。卵焼きは、まあ、なくてもいいか」
「あのひと、今日は何時に帰ってくるつもりかしら。まだ連絡よこさないわ」
「洗剤まだあったかな。お兄ちゃんとお姉ちゃんが学校に行ってるうちに、お買い物行ってこなきゃ」
「おむつもついでに買おう」
「お昼寝から起きたらスーパー行こう。あの子が寝てるうちに、本の続きを読もうかな」
これを、女の人は、トイレのお掃除をしながら、一瞬で考えたのです。
あぶくちゃんも、女の人と一緒になって考えたり、腹を立てたり、ワクワクしたりしました。
そのたびに、あぶくちゃんは自分の形がトゲトゲになったり、まんまるになったり、ハートや星のかたちになったりする気がしました。
7
「ほんぎゃあ、ほんぎゃあ」という声が聞こえてきて、あぶくちゃんはドキッとしました。
女の人が急いでベビーベッドに駆けつけると、よだれを垂らした赤ちゃんが、泣き止んでじっとこちらを見ています。
女の人はにっこり笑って、抱っこしました。
この子がいとおしくてたまりません。
それは、限りなくやさしく強い気持ちでした。
あぶくちゃんは、自分の全部があたたかくなりました。
「わたし今度は、ママになってたんだね。
かわいいかわいい、わたしの赤ちゃん。
大好きよ、大好きよ。おっぱいあげようね。
いっぱい飲んで、元気に大きくなってね。
わたしは命のしずく」
あぶくちゃんは、ママのおっぱいの一滴になって、赤ちゃんの口に吸われていきました。
あぶくちゃんはワクワクして体じゅうが震えました。
8
あぶくちゃんは、この赤ちゃんの体をぐるぐる巡りました。
おっぱいをごくごく飲んで、おしっこやうんちをして、毎日、大きくなりました。
はいはいができるようになり、つかまって歩けるようになり、走れるようになりました。
三輪車に乗れるようになり、自転車を転ばないでこげるようになりました。
あぶくちゃんは、この女の子が大好きでした。
ママもパパもお姉ちゃんもお兄ちゃんも、女の子を「みことちゃん」と呼びます。
あぶくちゃんは、みことちゃんになって、毎日を暮らしました。
思いっきり笑ったり、
泣いたり、
怒ったり、
甘えたりしながら、楽しい日々が過ぎていきます。
絵を描くのが大好きになり、マンガが大好きになり、本が大好きになりました。
6歳のお誕生日の日に、パパと一緒にスキップしながら本屋さんにいく途中、脚が絡まってしまいました。
あ、転んじゃう!!
9
つまづいたみことちゃんが空中を舞って、地面に落ちるまでの間に、あぶくちゃんは、自分が水滴だということを思い出しました。
そして叫びました。
「みんなーっ! みことちゃんを守るよ!」
あぶくちゃんは、みことちゃんのひざのお皿が割れないように、大急ぎで、みことちゃんのひざ小僧に駆けつけました。
「よっしゃ!任せとけ!」仲間たちもどんどん集まってきます。
スッテーン!
あいたたた!
体の中の水のクッションが、ひざや手のひらを守ったので、みことちゃんは、すり傷で済みました。
パパが傷口を見ています。
「かすり傷だよ。痛いの痛いの、飛んでけ」
でも、みことちゃんは、痛くて、くやしくて、わんわん泣き出します。
あぶくちゃんは、「大丈夫だよ、みことちゃん、大丈夫だからね・・・」
小さな声でそうつぶやきながら、ひざのキズからにじみ出ました。
真っ赤な血が一滴。
二滴。
血を見ると、みことちゃんは余計に泣きました。
その血は、あぶくちゃんだったのです。
「ああ、お日様に照らされる。風が吹く。
わたしが乾いていく!
みことちゃん、今までありがとう。大好きだよ」
あぶくちゃんは空気に溶け込んで、目に見えない蒸気になりました。
「わたし、どこへ行くの?
そうだ。
お空の上に行くんだった」
10
蒸気になったあぶくちゃんは、フワフワ登って行きます。
下を見ると、みことちゃんとパパはもう米粒より小さく見えます。
藍色の川のすじが、細く光り輝いています。
「さよなら、みことちゃん。さよならパパ、ママ。お姉ちゃんもお兄ちゃんも、元気でね。忘れないよ」
上へ上へと登るに連れて寒くなり、あぶくちゃんは冷えて、白いかすみになりました。
高度5000メートル。
そこには仲間たちがたくさん待っていました。
「やあ、あぶくちゃん、また会えたね! さあ、これからみんなで空のジプシーになるよ」
あぶくちゃんは雲になって大空を渡りました。
今はもう猛烈なスピードです。
はるか下に海と、大地が見えます。
北極海の近くでは、巨大なオーロラが、宇宙の風に吹かれて、ひらひら揺れているのを見上げました。
何百億、何千億の仲間たちが、雪の結晶になって、手を振りながら地面におりて行きました。
11
あぶくちゃんは七つの海を越えました。
「そうだった。そうだった。
私はどこまでも行けるんだった。
地平線の果てにも。
大地の奥深くにも。
数万メートルの深い深い海を1000年かけて一周したこともあるんだ」
ずっとずっと昔に、ティラノサウルスの背中に、雨になって降り注いだことも思い出しました。
すると彼方に、乾いた大地が見えてきました。
あぶくちゃんは、ここで雨になることを決めました。
「私、あぶくちゃん・オアシスになるよ。
旅人や、ラクダや、ヤシの木に、わたしの全部をあげるんだ。
一緒に、星の下を巡りたいから」
雨が降り注ぎ、虹の橋がかかりました。
12
旅人とラクダが、砂漠を歩いていきます。
「水、水、水がほしい」
美しいオアシスを後にして3週間。旅人の水筒は空っぽです。
灼熱の太陽と、乾いた風にさらされて、
くちびるが、皮膚が、目が、どんどん干からびていきます。
力尽きてひざをつき、倒れ、動かなくなったラクダに、旅人は謝りました。
「ラクダよ、済まなかったね。僕もこれまでだ」
ラクダにもたれた旅人のまぶたの裏に、さまざまな景色が浮かんでは消えました。
「あれは子どものころに行った海だ。なんて青いんだ。
お父さん、お母さん。楽しかったねえ。
おお、あれはわたしの家だ。
わたしの家族だ。
夕食の準備をしているのは、わたしの妻だ。
美味しそうな湯気が上がっているのは、あのスープだ。もう一度・・・。
子どもたち、済まない。
さようなら。
パパはずっとずっと愛してるよ。
いつかまた会おう」
あぶくちゃんは、旅人の目から静かに流れ、再び空へ上りました。
13
時が経ち、空を流れていくあぶくちゃんは、不思議な炎が地上で輝くのを見ました。
それはパチパチ音を立てて楽しく暖かく燃える、あぶくちゃんの友だちの火ではありません。
不思議な炎は、強い力で引き裂かれ、叩きつけられ、無理やり燃やされた、猛烈な乾いた炎でした。
その炎は、生き物を刺しつらぬいて傷つける、見えない光線を発しています。
その炎は、自分も苦しみのうめき声を上げながら、大地と海を溶かそうとしていました。
あぶくちゃんは身震いしたかと思うと、よく響く声で、みんなに呼びかけました。
「みんな。私は今日、40億歳になりました。
みんなのおかげです。本当にありがとう。
私はみんなのことが大好きです。
この星が大好きです。
私はあの可哀想な炎を、天と地に還すことがきっとできると思います。
時間はかかるかもしれませんが、きっとできると思う。
皆さんの力を貸してください」
あぶくちゃんはまっしぐらに、乾いた炎の中に飛び込みました。
一瞬、あぶくちゃんは、ずっとずっと前、あの旅人がそうしたように、大好きな家族みんなのことを思い出しました。
14
目を覚ますと、、、
そこは、キラキラ輝く木の葉の上でした。
周りの何もかもが、スッキリぴかぴか輝いています。
今日もあぶくちゃんの仲間たちは、
かぎりなくひろがって巡ります。
大地に、空に、海に。
あなたのマグカップの中に。
(おしまい)
西田普(にしだあまね)
1972年、東京都生まれ。早稲田大学卒業。作家、(株)光出版 代表取締役。月刊『ゆほびか』編集長を務めるとともに、 季刊誌『ゆほびかGOLD幸せなお金持ちになる本』を創刊し、編集長を兼務(〜2019年9月、ともにマキノ出版)。書籍ムックの企画編集も手がけ、累計部数は300万部を突破。健康・開運をテーマしたブログがアメーバ人気ブログランキング「自己啓発ジャンル」で1位を獲得。現在、アメーバオフィシャルブログ・プロフェッショナル部門、月間のアクセス数は315万を記録。物語創作がライフワークで、第1作の「あなたがお空の上で決めてきたこと」(永岡書店)が好評を博している。ブログ「自然に還れば、健康になるでしょう」https://ameblo.jp/toru-nishida/
*この物語はフィクションです。実在の人物とは一切関係がありません。