1 これで私のママ、助かるんだよね?
世界一髪の長い女の子、かみながこちゃんは、ベッドから跳ね起きると、窓をガラッと開けて、窓の外へと足を踏み出しました。
足元には、光り輝く道があります。
その光る道は、スッキリと宙に浮かんで、マンションの四階の窓から、ずっと向こうの、闇の彼方へと続いているのでした。
「私は、新しい私になったんだね!」と、かみながこちゃんは小さく叫びました。
一歩一歩、歩くたびに、強い風が、顔と体に吹きつけてきます。
電線が風を受けて、ピュウピュウうなっています。
夜はまだ明けていません。
濃い雲、薄い雲、何重にも重なった雲が、勢いよく空を走っていきます。
暗闇の中で光っているのは、かみながこちゃんの足元の道だけです。
その道は、かみながこちゃんの「髪の毛」が「たば」になって、一本の道になっているのでした。
かみながこちゃんの髪の毛が伸びて、体のうしろに、ぶわっと大きくひろがっている様子は、まるで、頭から生えている翼のようです。
そして、翼のようにひろがった髪の毛は、足元でひゅっと一つにまとまって、そのまま、空中に浮かぶ光の道になっているのです。
髪の毛でできた道は、歩くたびにプニプニと弾みます。
かみながこちゃんが、一歩、一歩と足を踏み出すたびに、ドクンドクンと脈打つように、内側から光を放っているのでした。
「これ、私の髪なのよね? 伸びすぎてるし、ゴムみたいだし、気持ちわるい!」
そうつぶやいたとたんに、髪の毛の道の全体が、まるで怒ったように反応して、ぶゆん、ぶゆんと震えて、足元がぐらつきました。
「うそうそ! 嘘だってば。光ってて、なかなかキレイよね」
あわてて叫ぶと、かみながこちゃんは、前のめりになって、ずんずん歩きました。
ニコニコ笑っている、あの龍の長い顔が、突然、思い出されました。
龍はこんなことを言っていました。
「かみながこちゃんの髪は、かみながこちゃんの魂の力で動くんだ。
長さも形も思いのまま、自由に変えられる。
好きなときに、好きなように使っていいんだよ。
控えめに言っても、とっても便利だと思うね。
それから、なんといっても一番すごい髪の力は・・・。
かみながこちゃんを、行くべき時に行くべき場所へと、いつも導いてくれること。
それは、宇宙で一番、偉大な羅針盤なんだ。
髪の力は、命の力そのものなんだよ」
龍は、よく響く声で、ゆっくりしゃべっていたっけ。
かみながこちゃんの髪の道は、もう見えないくらい先へ、地平線の向こうまで伸びています。
「なんだかもう、ヘンテコすぎるけど、とにかく、これが今の私。
私が自分でこの道を選んだんだ!」
すると、突然、遠くの雨雲と、濃い紫色の空のすきまに、ビカビカッとイナズマがひらめいたかと思うと、かみながこちゃんが進んでいく方向に、七色の虹がバッと現れました。
それは普通の虹ではありませんでした。鮮やかすぎたのです。
くっきりと、虹の全体が発光していて、大きく夜空にかかった後、少しずつ雲に隠れ、やがて消えていきました。
その虹のなかに、あの龍の影が飛んだように感じられたのです。
「これで、私のママ、助かるんだよね!?
ウソだったら、龍のやつ、ゆるさないんだから!」
そう叫ぶと、かみながこちゃんは、おうちを振り返りました。
おうちはもう、ずいぶん小さく見えました。
あそこに、ママと、きょうだいたちがぐっすり眠っているはずです。
「いつか帰れるんだよね?
私は、かみながこちゃんになった。
でも、おうちでは、しずくちゃんという女の子だった」
2 ママの病気、パパの家出、
家の中にあいた暗い穴、そして引越し
そう。私は東田しずく。小学5年生。
大好きなものは、本と漫画だよ。
放課後に、近所の図書館や、本屋さんに行くときは、自然とスキップしちゃうくらい、本が好き。
お姉ちゃんも本がかなり好きなほうだけど、スキップしている私を見て、笑ってたよね。
ちっちゃいときから、絵本を読んでもらうのが好きだったんだ。
「そらいろのたね」って本、知ってる?
いじわるなキツネと、ゆうじっていう男の子が出てくるお話。
ゆうじが、どこかで拾った空色の種を植えたら、地面から、おうちが生えてくるんだよ。童話って、ぶっ飛んでるよね!
そのおうちがさ、森のみんなが住めるくらいの、大きな大きなおうちになっちゃうんだ。
でっかいおうちを独り占めにしようとするキツネや、いかにも普通な男の子のゆうじが、かわいくて、おもしろくて。
私がまだ、字が読めなかった頃、パパやママに読んでもらううちに、お話をぜんぶ覚えちゃって、大声で、全部を唱えていたんだって。
ま、そんな感じで、本が好きなんだ。
新しい本が読めると思うと、体が弾むくらいウキウキする。
本を開くと、その本の世界に入り込んで、どんなところにも行けるし、どんな自分にもなれるから。
うちは5人きょうだいで、お姉ちゃんと、妹が一人。それから、お兄ちゃんが二人いる。
きょうだいが5人いて、喧嘩にならないの、なんて聞かれることがあるけど、そりゃ、なるに決まってるよね。
でも、仲はいいほうだと思うんだ。
私は基本、のんきなほうだし、ボケてるってみんなによく言われる。
朝、ランドセルを背負わないで「行ってきまーす」って、通学路を途中まで行っちゃったことも何回もある。
歯、磨かないで寝ちゃうこともよくある。でも、虫歯はないのが自慢。
だけど、とっても心配なことがあるんだ。
それは、ママの病気。
私が小学校に入るころから、ママは、どんどん、やせていった。
「お医者さんはね、原因がわからないし、治す方法もわからない、っていうの。でもね、ママだいじょうぶよ、ほら」と、ママは元気なふりをする。
だけど、夜になるとフラフラして、顔も青白いし、ショートパンツから見える脚がどんどん細くなる様子は、木が枯れていくようだった。
パパとママは、ひそひそと、いろいろ話し合っていた。
ときどき、夜、なにか言い合いをしているのも聞こえてきた。
それで、私が小2のころ、パパはめずらしく真剣な顔をして、「みんな、ちょっと聞いてくれるかな」と、言い始めた。
「パパは、ママの病気を治す薬を探しに行ってくる。
しばらく、時間がかかると思う。
みんな、パパが留守の間、よろしくお願いします。
大きい子たち、小さい子のことを頼んだよ。
それでね、みんな、ママのことを助けてあげて。
とにかく、仲よくすること。
自分がやりたいことをやって楽しく過ごしてな。
パパはみんなのことが大好きだぞ。
それでは行ってきます」
それきり、パパは帰ってこなくなった。
「え~っ?」って思うよね?
私、パパが大好きだったから、ママの病気がいつまでたっても良くならないこととあわせて、きついダブルパンチだった。
ちょっと変なパパなんだよ。
近所の道を歩いているとき、いきなり、歌ったり踊ったりするんだよね。
もう、恥ずかしい、と思ってた。友達に見られたくない~!って。
だけど、幼稚園の頃から、お風呂上りや、夜寝る前に、毎晩、パパがお話をしてくれるのが、とても楽しみだった。
そのまま手をつないで寝ることもよくあったんだ。
本屋さんに行って、マンガとか本とか買ってくれるのもうれしかったな。「なんでも買っていいよ」って。
それなのに「薬を探しに行く」ってなに?
どっかに消えちゃってさ。「なによ、それ!」って感じでしょう。
それから、しばらくの間、私はしょっちゅう泣いたり、怒ったりしていたんだ。
一時期は、くしで髪をとかすたびに、ごっそり髪が抜けた。
あれが、ストレスってやつだったのかな。わからない。
「まあ、犬の毛が生え変わる時期みたいなものなんじゃないの」って、お兄ちゃんは言ってた。失礼しちゃうわよね。
「友達のおうちはさ。お父さんもお母さんも、毎日、普通に、お帰りって言ったり、行ってらっしゃいって言ってくれたりするんだよ。
どうしてうちはそうじゃないの!? これからいったいどうなるの!?」
「そんなに荒れるなって。あんまり気にするなよ。お前が心配してるみたいなことには、ならないよ」
下のお兄ちゃんのヤマトがそうやって、言ってくれたのは、ありがたかった。
そうだよ、私がラッキーなのは、お姉ちゃんや、お兄ちゃんや、妹がいてくれることだ。
家の中にやたら人数が多くて、嫌になるときもあるけど、にぎやかだから、あまり暗くならないんだ。
ケンカしたり、遊んだり、ばか話してることじたいが、励まし合っているようなものなんだよね。
そうしているうちに、なんだかんだで毎日が過ぎていったから。
だけど、パパがいなくなってから、家の空気は変わっちゃった。
それまでパパがいたところに、同じ大きさの穴がぽっかりあいて、家の中にある温かさだとか、「なんだかいい感じの時間」とかを、少しずつ、吸い込んでいるみたいだった。
それと変な話、家のお金がしだいに足りなくなってきていることは、小学生の私でも、はっきりわかった。
ママが働きに行くようになったけど、体調が優れないから、毎日は働けるわけじゃない。それに働いた日も、帰ってくると、ぐったりとしてソファに座っている。
晩御飯の後に、ソファに座って、テレビをぼーっと見ているママの肩を、よくもんだけど、どんどん細くなっていくのがわかるんだ。
「あー、気持ちいい。しずくちゃん、ありがとうね。いつもごめんね」とママがいうたびに、たまらない気持ちになった。
しばらくして私たちは、住み慣れた家を離れて、古いマンションに引越すことになった。
これは、きょうだい全員、かなりこたえたよね。
自分が育ってきた、思い出いっぱいの家を、引っ越さないといけないのは、つらいもんだよ。
パパとママがいて、みんなが笑った家だから。
しかもさ、最悪なことに、クラスメイトの男の子が、わたしが住んでた家に引っ越して、代わりに住むことになったんだ。
私の家、私の部屋、ずいぶんリフォームしたらしい。その子は特に、なにも言わなかったけどさ。
「お引越し、嫌だなぁ。私さ、いっぱいお金持ってるから、私の貯金、使っていいよ。そしたらお引越ししなくていいでしょ」って、小三の頃の私。
「バッカだなー。おまえの貯金で足りるわけないだろ」って、上のお兄ちゃんのタイヨウ。
結局、引越しした年に、お姉ちゃんのモエカちゃんは大学生になって、授業や音楽のサークルで忙しくなった。
でも、モエカちゃん、ときどき、夜とか、ママとなにか言い争いしてるんだ。そんなとき、私と妹のハーちゃんは、別の部屋に逃げ込んじゃう。
お兄ちゃんたちは、高校生になって、テニス部の練習で家にいないか、家にいるときは部屋にこもるようになった。
ゲームしてるのか、ネットなのか、勉強なのかはわからない。
私はだいたい、ハーちゃんと家でテレビを見るか、本や漫画を読んでる。
マンションの前は、車どおりが多いから、前みたいに、日が暮れるまで外で遊んだりできないんだ。
だんだん落ち着いてきたけど、ふとしたときに浮かんでくる。
パパとママが二人とも、ニコニコ笑っていたこと。
クリスマスの歌をみんなで歌ったこと。
家族でキャンプに行って星を見上げたこと。
うちわであおいでバーベキューの火を起こしたこととかが。
そんなときは、胸が痛くてたまらない。
こんなはずじゃなかった、どうして、こんなことになってしまったのかって。
全然、違う世界に入り込んでしまったような気がするんだ。
3 「世界の柱」を見つけ出せ!
そんなある日のこと、私は大きな龍に出会った。
出会ったといっても、夢の中だけど。
大きな龍が、なにか言いたそうに、こちらをじっと見ている。
それが、一度だったら、変わった夢を見たなあと思って、忘れてしまったと思う。
けれども、毎晩、毎晩、同じ龍が夢に出てきたんだよ。
最初のうちは、遠くのほうから、こちらをじっと見ているだけだった。
ところが、次の晩、次の晩と、だんだんと近寄ってくる。
まるで、「だるまさんが転んだ」みたいに、ちょっとずつ、ちょっとずつ、近寄ってくる。
近づいてきてわかったのが、とても大きな龍だということ。どう見ても、小さな山ぐらいはあった。
だけど、まったく怖くない。
というのは、龍がニコニコ笑って、わたしのほうを見ていたから、というのもあるけど、その表情。
人のいいおじさんが笑っているみたいな顔つきで、怖くなりようがなかったんだ。
ある晩ついに、手が届くところまで来たから、龍にさわってみた。
すると、龍の肌は思ったより柔らかくて、熱っぽいような感じがあった。
そのとき、龍は口を開いた。
「やあ、やっと話せたね。
話せたのはいいんだけど、あんまり時間がないんだよ。
必要なことだけを言うからね。
花を探してほしいんだ。
その花で、お母さんはきっと助かる。
それだけじゃない。
その花は、世界を支えている柱でもあるんだ。
だけどね、緑の顔の魔女が、その花を隠してしまったんだよ。
このままでは、「世界の柱」が折れて、ここは、違う世界に変わり果ててしまうだろう。
その兆しはたくさんある。
きっと、きみも感じていることだろう。
その花を探せるのはね、実をいうと、きみしかいないんだ。
まあ、こんなことを急に言われても困るかもしれないけどね。
でも、ほんとうのことなんだ」
龍は、私をじっと見つめながら、言葉を探しているようだった。そして、続けた。
「選ぶのはきみだ。
どっちを選んでもいいんだ。
探しに行きたいかい?」
そう言われたとき、私は「これは全部、夢なんだ」って、わかってた気がする。
それなのに、「私はその花を探しに行きたい。見つけに行かなきゃならない」という気持ちが湧き上がってくるのを止められなかったんだ。
「いますぐ行くんだ!」という気持ちが強すぎて、言葉が出てこないほどだった。だからただ、何度もうなずくしかなかった。
龍は、ずっとニコニコしながら私を見ていた。
4 本来の姿に戻らなきゃならない。
「もし、その花を探しに行きたいなら、きみは、本来の姿に戻る必要がある」
「本来の姿?」
「そうだよ。本来の姿に戻るんだ。
それは、今の、小学生の女の子のしずくちゃんの姿ではいられない、ということでもある。
それ自体は、楽しいことかもしれない。すごく自由になるからね。
夢の中では、自分の名前を忘れていても、自分は自分だってわかるよね。
それと同じさ、本来の自分に戻るってことは。
でもね、ひとつ知っておいてほしいことがある。
それはね、“そのままになっちゃうかもしれない”ってことなんだ。
つまり、今までのしずくちゃんには戻れないかもしれない。
本気で戻りたいと思えば、戻れる。
でも、戻りたいと思わなければ、戻れない」
「あのさ、意味わかんないんだけど! もうちょっと、わかるように言ってよ」
「そうか。ごめんごめん。うん、そのうちわかるよ。
少なくとも、しばらく、おうちを離れることになるのは確かだ。
その間、ママや、きょうだい、みんなとは、会えなくなる。
それでもいいかい?」
龍はうそをつけない生き物だって、読んだことがある。
「ゲド戦記」っていうぶあつい本だった。
龍はうそをつかない、龍はうそをつけない。
ほんとうに、龍はほんとうのことしか言わないから、龍の言葉には、世界を土台からゆるがすような力があるんだって。
それを抜きにしても、この龍は、ほんとうのことを言っていると、なぜかわかった。
3秒くらい考えてみた。
すごく長い時間に感じた。
なにも迷うことなんかない。
もし、私がなにもしなかったら、絶対になにも変わらない。
もし、私が決めたなら、ママはきっと助かる。
そんな気がするんだ。
もし、私が決めたなら、パパだって、どこかから、「おーい、あったぞ!」って、薬を持って、踊りながら戻ってくるかもしれない。
世界は変わるかもしれない。
そう思って、ぎゅっと目を閉じたら、まぶたの裏に、大きな光がひろがった。
目を開いたときには、私は完全に、「かみながこちゃん」になっていました。
かみながこちゃんは、ベッドから跳ね起きると、窓をガラッと開けて、窓の外へと足を踏み出しました。
足元には光り輝く道があります。
かみながこちゃんは、龍とのヘンテコな会話を思い出しながら、弾力のある髪の道の上を、ずんずん進みました。
(第2話につづく)
西田普(にしだあまね)
1972年、東京都生まれ。早稲田大学卒業。作家、(株)光出版 代表取締役。月刊『ゆほびか』編集長を務めるとともに、 季刊誌『ゆほびかGOLD幸せなお金持ちになる本』を創刊し、編集長を兼務(〜2019年9月、ともにマキノ出版)。書籍ムックの企画編集も手がけ、累計部数は300万部を突破。健康・開運をテーマしたブログがアメーバ人気ブログランキング「自己啓発ジャンル」で1位を獲得。現在、アメーバオフィシャルブログ・プロフェッショナル部門、月間のアクセス数は315万を記録。物語創作がライフワークで、第1作の「あなたがお空の上で決めてきたこと」(永岡書店)が好評を博している。ブログ「自然に還れば、健康になるでしょう」https://ameblo.jp/toru-nishida/
*この物語はフィクションです。実在の人物、事件、団体とは一切関係がありません。